“ラッシャー木村さん”
また昭和が消えた。とにかくラッシャー・木村さんの大ファンでした。
小学生の時、日本初の金網デスマッチをテレビで見た。
『ラッシャー・木村vsドクター・デス』
大流血しながらもブルドッキングヘッドロックとクロスチョップを連発した木村選手が見事KO勝ち。
その後のシリーズでオックス・ベーカーとの金網戦テレビ中継を楽しみにしてたら、なんとその残酷さが放送コードに引っ掛かりこの一戦はノーテレビマッチになってしまった。
前哨戦で足を骨折した木村選手はギブス姿で金網戦。結果は覚えていないけど、当時プロレス雑誌を見て震え上がった。恐怖のドン底に追い込まれるとはこのことかな(笑)
その数年後、全日本プロレスのオープン選手権に国際プロレス代表で出場。
ジャンボ・鶴田とのシングル戦では張り手の応酬が延々と続き、最後は鶴田選手を失神寸前まで追い込んだシーンは鮮明に覚えている。
そして国際プロレス崩壊後、消息が分からなかった木村選手は新日本プロレス、例の“田コロ”にアニマル・浜口、寺西勇を伴って乱入。
あの時、キツネにつままれた俺はテレビ前で叫び、感動のあまり涙ぐんでたな〜。そして『こんばんわ』事件。
全日本プロレス〜ノアへ渡り歩き病気をされてご引退。
最近はプロレス見ないけど、古館一郎の実況でジャイアント馬場vsラッシャー木村の熟年対決を見るのが夢でした。
やはり夢は夢で良かったのかも。
ラッシャー木村さん安らかに
合掌
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